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小さなワイン会と倶楽部トロイメライ

2018.06.08

今ではワイン好きのお客様と、ご夕食後に
「小さなワイン会」をご一緒する事も
珍しくなくなりましたが、

創業時より30年間は、私はお客様のまえには、
姿を見せず、裏方に徹しておりました。

その理由は、これはあたりまえの話ですが、
自身の目指すサービスやお料理、また若い調理人の
教育のため、当時パリの欧州エキスプレスという
手配会社に、日本人の知人が居た事も幸いし、
何人かの調理人を渡仏させ、数年レストランで
修業をさせる事もできました。

また、ワインの勉強も、今のような豊富な情報もなく、
以前書きましたように手探りの状態で勉強をせざるを
得ない状況でした。

毎日勉強に終われ、とても当時、隆盛を極めていた
ペンションのオーナーのように、お客様と趣味の
お話をしながらゆっくり談笑するというような、
余裕がまったくありませんでした。

その前後から居た3人の長期のスタッフにも助けられ、
ありがたい事に、お客様の前に出なくても、
仕事ができる環境でした。

ちなみに当時のスタッフの内、2人は現在も一緒に
仕事をしてくれている「吉池さん」と「須安さん」で、
もう一人は、旧姓「猪脇さん」、彼女は結婚していて、
子育ても一段落したここ数年は、週末ソムリエとして、
トロイメライを助けてくれております。

その間色々ありましたが、開業して27年目に、
リーマンショックが起こり、例にもれずトロイメライの
売上も一気に落ちていきました。

こうこつとワインセラーに集めてきました、
今となっては数万円の値がつくボトルも混じる、
8000本の選りすぐりのフランスワイン達を、
売上が激減したため、1本数千円で叩き売りながら、
資金を繋いでしのいでおりました。

ある時は、100ケース単位、数千本のフランスワインを、
温度の上昇を避けるため、夜中にワンポックス車に積み込み、
東京の知人のインポータに買ってもらうため、
深夜に私自身が運転して白馬を出発する時は、
スタッフ達は皆泣いておりました。

「いくら貴重なワインでも、ワインを抱えて倒産したら
シャレにもならない、今は一生懸命に生き残る事が大切だと思う。
ワインは、また良くなった時に買えばいいではないか!」

とベテラン達を励まし出発したのを、
昨日のことのように良く覚えております。
実の所は、そんな日が来るという自信は、当時は
まったく無い状態でしたが‥

ところが、そうやって辛い時期を、懸命に
つないでつないでと、耐えに耐え、もうそろそろ限界で、
売るワインもほとんど無くなった3年後、、

ちょうどその年の7月にトロイメライの30周年を
迎えようとしていた時の3月後半に、
あの忌わしい東北の津波や地震の大惨事があり、
直後は東京のデパートも昼くらいにシャッターをおろし、
国をあげての自粛ムードとなってしまいました。

それまででも、苦しい台所事情でしたのに、
これをきっかけに銀行に金利すら払えなくなり、
またお客様はご予約、ご来店の無い状態となり、閉店を
覚悟せざるをえないところまで、追い詰められました。

後で知ったのですが、現在も可愛がっていただきます
「フレンチの鉄人坂井宏幸シェフ」の、
渋谷クロスタワー最上階のワンフロアーを、当時、
全部独占しておられました、あの隆盛を極めていらした
「ラ・ロシェル本店」も、残念なことにこの時期に
撤退なさっております‥

一方、トロイメライはといえば、数カ月前から
当時毎月出し始めておりました、お店の近況をつづった、
カラー印刷のレターに、急遽、閉店に追い込まれている現状と

また、閉館せざるを得ないと考えている本音を綴り、
400人の常連様にお詫びと共にお送りしました。
確か4月の初旬、5月連休の予約は皆無という状態で、
ご送付したのを覚えております。

東京にも放射能反応が出たとか、
悪いニュースばかりが拡がっておりました。

国民が息をひそめるように、成りゆきを見守っていた、
日本中が自粛ムード一色の頃でした。

しかしながらその時、
トロイメライにとって信じられないような、
ほんとうに幸せな奇跡が起ころうとしていました。
それは‥‥5年、10年、20年、30年と
通っていただいておりました常連様でした。

お人様の心の暖かさというのが、ほんとうに有り難い‥
という事を、身をもって知る体験するのですが、
それは‥‥例えば‥‥普段は1年に1度くらい
ご来店の常連様が、1年に5回も、6回もご宿泊いただいたり‥‥

それまでは、知人には教えないと、何時もお2人で
ご来店の常連様が、沢山の仲間を引き連れて
ご宿泊いただいたり‥‥

中には何かスタッフ達に使いなさいと、
そっと十数万円を残してお帰りになるお客様がおられたり‥

今でもこのお話をしますと、ありがたくて胸の奥から
熱いものが込み上げて来るのを押さえられないのですが‥‥

あの一年は、常連様のご好意だけに支えられ、
首の皮一枚のところでトロイメライは、
生き続けることができたのでした‥

その時から、大いに反省し、それぞれのお客様の
ディナーのテーブルをまわり、
「長い間姿を見せずたいへん失礼をしておりました、
わたくしがオーナーの西野でございます」と
皆様に名刺を持ってご挨拶をするようになりました。

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